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話す能力は遺伝


ニューヨークタイムス新聞に掲載されていた言語関連の面白い記事を翻訳してみました。まだ発表されたてのホヤホヤの新発見です。

 

2001年10月4日
スピーチ能力に関係した遺伝子に関する科学的発見レポート
記者:ニコラス・ウェイド

 

 遺伝子学および言語学の専門家たちの共同研究で最近発表されたところによると人間に特有の能力の中でもスピーチおよび言語能力に直接関係のある遺伝子があるという初めての発見がされた。

 以前から言語能力の習得は脳全体ではなく、特定の脳神経回路の機能であるという説があったが、この研究もそれに基づいて発展したものである。

 遺伝子が人間の行動におよぼす影響はごくわずかしか理解されていないが、胎児の脳の発達におよぼすカスケード効果(次から次へと関連していく効果)を発動させることが特にこの研究に関係している。生理学研究家はカスケード効果を起こさせる原因となる遺伝子の特定が出来れば人間の言語能力を左右する遺伝子的基盤の謎が解けるかもしれないと考えている。

 科学者にとって最も重要な疑問の一つは、言語的進化がもたらした力が人類文明を世界中で開花させた最大の要素であるのかどうかというものである。この研究成果はこの疑問の解答に役立ちそうである。科学者の中には言語の発達に関係した特定の遺伝子はないと見解もある。この新発見が長い間に戦わされてきた言語能力関係した脳の特定分野があるという説とないという説をさらに煽る結果になるかもしれない。

 英国のオックスフォード大学のアンソニー・P・モナコ教授らによるこの発見は次のようなものです。

 

 研究の発端は家族の半分が言語的障害を持っていたある大家族でした。障害とは、正しく発音できない、文法的に正しく話せない、唇と舌の微妙な動きができないというものです。調査のために、「パタカ パタカ パタカ」という音を発音してもらったところ、しどろもどろになってしまったのです。傍からみると家族の話は聞き取り難いうえ、家族同士も互いによく理解できないようでした。全員が障害を持っていたわけではありませんが、問題のある家族のメンバーの障害はスピーチと言語能力に関係あるものでした。障害のあるメンバーを検査した結果特定のDNA変異体が突然変異していたことが判りました。変異は特定の遺伝子のDNA6,500ユニット(一つの遺伝子には6,500のDNAユニットがある)の中の一つのユニットに影響を与えます。人間の遺伝子の組成は実に精緻なもので、たった一つのユニットが変異するだけで、結果的にスピーチと言語能力全体が機能不全を起こすのです。

 この変異遺伝子のキャリアーである家族に似た言語障害を持った他の人たちもその地域に多数いることが判りました。1990年にはその家族の三代に渡る血族が同じロンドンの同じ地域に29人いて、その中14人が言語的障害者だったことが判りました。

 この家族の調査を行った最初の言語学者はモントリオールのマッギル大学のマーナ・ゴプニック博士でした。1990年の報告書によると遺伝子障害のあるメンバーは動詞の時制変化ができなかったそうです。この発見が反響を呼んだのは遺伝子的に時制変化ができなければ文法的に正しく話せないことになるからです。

 後になってロンドン研究所の子供の健康管理部門所属のファラ・ヴァーガ-カデムはそれよりもっと広範なスピーチおよび言語的障害に加え知能全般にも影響を受けているという発見をしました。「変異遺伝子は単にスピーチや言語の能力にとどまらず、次々に言語以外の能力にも影響を与えていくようです」と言っています。

 1998年にオックスフォード大学のモナコ博士ら遺伝子学者チームは変異遺伝子の調査を始めました。遺伝子に異常があるということではなく、ロンドンの一族がそうだったように、その遺伝子が欠落しているのです。そしてその特定の遺伝子とは染色体7番の地域にあるらしいことが判りました。これは人間の細胞に折りたたまれてしまわれているDNAの23対の大きな分子(折りたたまれているのを伸ばすと1.8メートルにもなるそうです)の7番目の対という意味です。一つの地域には100の遺伝子が含まれています。

 遺伝子を一つ一つ根気よく調べていたモナコチームのメンバーの中で最初に運良く答を見つけたのはジェイン・A・ハースト博士でした。始めにロンドンの一族の検査をした研究員ですが、そのメンバーではないが、似たような言語障害を持った患者の遺伝子を調べている際に発見したのです。その患者はモナコが一見して判ったほど明らかな染色体7の地域の遺伝子異常を呈していました。その同じ遺伝子がロンドンの家族の遺伝子でも異常だったのです。ただし変異がおよぼした影響の種類は違っていて、後から発見した遺伝子の方は別の場所のDNAと連絡するために必要なタンパク質の製造に影響を与えているものでした。遺伝子は他のDNAの遺伝子を活性化させるために付近の細胞に向けて信号を発信するのですが、その連絡に必要なのがタンパク質です。タンパク質によってスイッチオンになるという遺伝子の対が特定できたということは人間の脳の機能的組織を理解する上で非常に役立ちます。

 新しく発見された遺伝子が言語能力を理解する入り口になるとモナコ博士は言っています。この遺伝子の特定はまた言語の進化に関する長い間の疑問に解答をあたえるものかもしれません。何百年も前の類人猿の頭蓋骨を調べると言語的能力を持っていた形跡があると言う学者もいます。それに対し、人間はずっと後の近代になるまで言語以外のシンボル的能力である芸術的能力を持っていなかったと言う学者もいます。言語と芸術の能力が一緒に進化するものであるなら言語は相当近世になってから人間が習得した能力だということになります。

 これに対しスタンフォード大学の考古学者リチャード・クライン博士は現代人の脳の発達を促した特定の遺伝子変異は五万年くらい前に起きた形跡があり、その変異によって人間は言語能力を発達させるようになったと言っています。

 この新しい遺伝子の発見によって、人間とチンパンジーの両者のこの特定の遺伝子を比較すれば多くのことが発見でき、この仮説を証明できるようになるでしょう。チンパンジーは人間と違い単語のような記号は学習できてもそれらをつないでセンテンスを作ることはできません。これは人間特有の能力です。

 モナコ博士はドイツのライプツィッヒのスヴェン・パーボ博士と協力してチンパンジー他類人猿を対象にした研究を始めています。二人は類人猿の種族分岐のどれかに言語能力に関係していた遺伝子が突然変異している例はないか調べています。

 クライン博士の言語遺伝子という考えは、それ以前の1959年に言語学者ノーム・チョムスキイによって始められていたものです。チョムスキイは人間の言語能力は生来のもので脳の特定回路がそれに関係していると言っていました。これに対して大多数の学者は、言語能力はもっと全般的な脳の機能であると反論していました。

 新発見に関するコメントを求められたアイオワ大学の言語研究家J・ブルース・トムリン博士は、数個の変異遺伝子が始めはスピーチに影響を与えているだけのように見えたが、実際には思考能力にも影響を与えていくことが判った。これは新発見の遺伝子にも言えることではないかと思う、と述べていました。

 「スピーチ能力のみに関係ある特定の遺伝子があるとは思えない」とトムリン博士は言っています。しかしマサチューセッツ工科大学の言語学教授スティーブ・ピンカー博士はこれに対しは新遺伝子が「生まれつきの言語能力に関連した特別の部分があることを示している」と言ってノーム・チョムスキイ博士の説をある程度支持しています。

2001.10 静流