エッセイ
  (更新日:毎月7日)

Vol.08
悔いなく生きるために

Vol.08 悔いなく生きるために

 自分がいよいよこの世を去るとき、「なんだかんだあったけど、いい人生だったな」と、だれもが満足できたら本当にいいと思うのですが、現実はなかなかそううまくはいかないようです。

 以前に「死を覚悟した人々が口にするのは、悔恨の言葉がほとんどだった」という記事を読んでショックを受けたことがあります。それは、オーストラリアで長年ホスピスに勤めた看護師のブローニーさんが悔恨の言葉<xスト5を公表したものでした。

『自分自身に忠実に生きればよかった』
『あんなにがむしゃらに働かなくてもよかった』
『自分の気持ちをもっと表せばよかった』
『友人といい関係を続けていればよかった』
『自分をもっと幸せにしてあげればよかった』

 人生が終わりに近づいてから自分がしそこなったことの大きさに気づくのは、どんなに無念でしょうか……。ここには自分が出世するとか、財を成すとか、だれかにこうしてほしかった、という言葉はひとつも見当たりません。どれも、自分が勇気を奮えばできたことばかり。それだけにいっそうやりきれない気持ちになりました。

 言葉の裏にある思いをひとつひとつ汲み取っていくうち、これらの言葉は後悔しながら世を去った人々が、「こうすればいい人生になるよ」と残してくれたメッセージのように感じたのです。たとえば、それはこんなふうに――、

『自分らしく、自分が望むように生きたらいい』
『仕事も大事だけど、家族で過ごす時間も大事にしよう』
『感情を抑えてうまくやろうなんて考えることはない。もっと素の自分を出そう』
『友人がいることはとてもありがたい。自分から"よき友"でい続けよう』
『自分を幸せにできるのは自分だけなんだから、自分の幸せをしっかり選ぼう』

 共感を覚える人はたくさんいるでしょう。なのに、どうして実行できないのかと私自身を振り返ってみたら、なんとなく「平均寿命までまだ余裕がある。別に今日しなくてもいいだろう」と思っているからだ。まだ死なないつもり≠ナ生きているからだと感じたのです。

 言うまでもなく、私たちは明日をも知れないはかない存在です。だからこそ、「明日死んでも後悔しない」という覚悟を決めることに大きな意味があると思ったのです。それは「今日を精一杯、悔いなく生きる!」という覚悟を決めることにほかならないからです。

「人は生きたように死ぬ」と言われます。笑って人生の幕を下ろせるように、笑顔で一日一日を生きていきたいものですね。一日一日を積み重ねていったものが人生です。まずは、5つのメッセージの中から心に引っかかったことを、ひとつでもふたつでも実行しませんか?

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Last Updated: 2013/08/07