エッセイ
  (更新日:毎月7日)

Vol.10
譲る心

Vol.10 譲る心

 世界に誇るスーパーコンピューターに「最後に生き残る人間はどういう人間か」ということを計算させたところ、スパコンがはじき出した答えは「譲る心を持った人間」だった。――という記事を何かで読んだことがあります。あなたはこの答えをどう思いますか? 

 人間の感性は捨てたもんじゃない、と私はうれしくなりました。そこで、スパコンがあらゆるシミュレーション計算をしてこの答えをはじき出したわけを考えてみたんです。

 たとえば、自分だけはいい思いをしたい、自分だけは助かろうとする"エゴイスティックな人間"がいたとします。その人は、たとえお金や人脈を持っていても、すべて自分のために使おうとするでしょう。でも、目に見えるものは有限ですから、お金がなくなれば、その人はもう相手にされなくなるでしょう。

 かたや、自分のことは後回しにしてでも人を助けようとする、いつも人のことを気遣う"譲る心を持った人間"がいたとします。その人はまわりから「こういう人と一緒に生きたい」「この人に何かお返しをしたい」と思われるので、いつのまにか大事にされて生き残るのかもしれませんね。

 ここで大切なのは、スパコンの答えが正しいかどうかという議論ではなく、たまたまその答えを知った自分が何を感じ、何に目覚めるかということだと思います。まわりから必要とされる人間には"譲る心"が不可欠と知ったなら、自分を振り返って、素直に「譲る心を養おう」と決意しませんか。

 譲る心は、自分のことは後回しにしてでも困っている人を優先する気持ち。それは日常の態度に自然に表れてきます。つまり私たちは、「あなたは自分にとって価値あるモノを、普段から"気持ちよく"人に差し出していますか?」と問いかけられているのです。

 では逆に、譲ることを阻む気持ちがどこからくるのかを考えてみましょう。「譲った自分がどう思われるか、バカをみないか、損しないか」という恐れ、ようは損得勘定があるからなんですね。私たちは損得を計る感情から離れられないために、苦しみからも離れられないのです。

 もしもあなたが「損得は二の次」と考えられたら、それこそ気持ちよく、自分にとって価値ある真心や労力を人に差し出して満足するはず。そのときあなたは、エゴにかられて不安や不快になる苦しみから解放されるでしょう。

 譲る心を身につければ、結果として自分がラクになる……ということがわかってくると、最初あった「私が譲ってあげる」という感覚が「私に譲らせてください」に変わります。そして、相手からお礼を言われると「こちらこそ、ありがとう!」と心から感謝したくなりますよ。

 どんな些細なことでも、自分が譲ることでまわりを笑顔にしませんか。それを楽しんでいると、自分も笑顔になって心が豊かになります。最後に生き残るのは、そんな人間だと思います。

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Last Updated: 2012/10/07