エッセイ
  (更新日:毎月7日)

Vol.10
「アフリカ体験記」

 今月のエッセイは特別編として『アフリカ体験記』をお届けします。私が体感したことがあなたにも伝わって、心の清涼剤になればいいなと思います。

Vol.10 「アフリカ体験記」

 ウガンダの山々には、絶滅の危機に瀕しているマウンテンゴリラが生息する。ブウンディ国立公園には、シルバーバックと呼ばれる背中の毛が銀色に輝くボスゴリラが数頭いて、それぞれが家族を率いて暮らしている。私は人間のルーツでもある野生のゴリラに会いたくてこの地にやってきた。

 一日に入山できる人数や時間は厳しく管理されていて、もろもろの説明を受けたのちに、2名のレンジャーに付き添われてトレッキング開始。

 熱帯雨林の山道を2時間あまり進んだところでゴリラのベッドを発見。ゴリラは毎晩、枝を集めて木の葉のベッドを作る。翌朝、そこに糞をしてから移動するのだ。糞がまだ湿っているということは、ゴリラは近い。

 いました、いました! シルバーバックに子連れのメスゴリラとその親族たち。人間を見慣れているのか、見物人にかまうことなくゆったりくつろいでいる。その距離、ほんの数メートル。シルバーバックは大の字になって寝転び、赤ちゃんゴリラは母親に抱きついてお乳を飲み、母ゴリラは別のゴリラに毛づくろいしてもらって気持ちよさそうだ。なんと微笑ましい、ほのぼのした光景だろう……。もう私の顔はゆるみっぱなし。

 少年ゴリラがムシャムシャ葉っぱを食べながらチラリチラリとこっちを見ている。人間というケッタイな動物を観察しているのかも。ゴリラは草食で温厚な生き物と言われるが、少年ゴリラが食べるのをやめてこっちに向かってきた。ドキドキ……。私たちは声を出しても、急に動いても、触れてもいけない。ここでは動物たちは好きなように動き、人間はその邪魔をしないことが鉄則なのである。

 そのゴリラは、固唾を呑んで見守る見物人の列を横切り、クルッと体の向きを変えて座った。間近で目が合った。クリクリした黒目が大きくて本当に愛らしい。無垢な瞳を見ているうちに、私はこのゴリラをよく知っているような妙な感覚にとらわれた。この郷愁はいったいなんだろう……?

 そのとき、ゴリラの手がスーッと伸びて、ブランとさげた私の二の腕をものすごくそっとつかんだ。とても温かな手のひらと細長い指におおわれた。ゴリラはそのまま動かない。私は感動のあまり動けない。頭の中が空白になって、ゴリラとつながったまま別天地に飛んだ。

 ほどなく、レンジャーにグイと肩を引っ張られて腕を引き離されてしまったけれど、ゴリラはどうしたかったんだろうと後ろ髪を引かれた。何はともあれ、私はあの瞬間に根こそぎ癒された。

 こうして夢のような面会時間は、あっというまに過ぎていった。その刹那に、ゴリラは進化を遂げた現代人たちを童心に帰らせてくれたようだ。みんなの顔にそう書いてあった。

「手を握ったゴリラ」撮影:大場雄吉
「手を握ったゴリラ」撮影:大場雄吉

 アフリカの大地には独特の風が吹いている。もしかすると、それは原始の風かもしれない。風景も人々もそこはかとなく懐かしく、そこに哀愁の匂いと、地の底からわき立つようなパワーを感じたのは私だけだろうか……。

 アフリカの太鼓が刻むリズムと音色は言葉を超えた鼓動だ。それが細胞に沁みていくと、「何度も何度も地球に生まれ変わり、この地にも生きていた」という感覚がよみがえってくる。『袖振り合うも多生の縁』と言うくらいだから、苦労してでも訪れたいと願った場所には、きっと古来の縁があるに違いない。

 私は再会した大地に、心の中で「ありがとう」と言ってみた。なんとなく、魂がウフッと喜んだような気がした。

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Last Updated: 2010/10/04