私たちは、"言葉の暴力"に深く傷つきます。あなたの心も随分痛んだことでしょう。「思っていることの半分もいえなかった」とか「またしても自分を否定されて悲しい」といった経験を、あなたがたくさんしてきたことが過呼吸を引き起こしているようです。
頭に血がのぼって興奮したときに怒りを外に出せないと、どんどん内側に負荷がかかって呼吸が荒くなります。涙がとまらなくなるのは、体が必死で怒りのエネルギーを発散しようとするからなんです。
問題は、涙がとまらないことじゃなくて、あなたが怒りを小さくできないことにあります。怒りをコントロールできるようになれば、心身への負担が軽くなって過呼吸はきっと治りますよ。
社会に出ればいろんな価値観の人とかかわるので、言葉の暴力を避けられないときがありますが、大事なことは、どんな目にあっても被害者意識に陥らないで「だれからも傷つけられない自分」を作っていくことだと思います。
例えば、今回の原因が「連絡ミス」ならば、その結果として勘違いが生じて、正しいと信じる事柄が食い違った。けれども、そうとわかってからもあなたの怒りは収まらない。だから、あなたはずっと苦しいわけです。
それは多分「自分の中にある正しいことをいうのは間違ってない」という思いが、いつしか「自分は正しい人間である」に摩り替わって、「その人間を否定するなんて許せない」という怒りになってくすぶっているせいなんですね。
社会にはいろんな価値観があるといったのは、「正しい」と信じる価値観は人によってまったく違うという意味。あなたが正しいと信じることを主張するのはいいことでも、自分の正しさを押し通したいという感情にとらわれると、それは我欲なので傷つきます。
どんなに相手を非難しても、あるいは自分をふがいないと責めても、気持ちは少しも楽にはならないでしょう。そんなことを繰り返していたら、心はボロボロになってしまいます。
自分が被害者にならないためには、相手を加害者に仕立てないこと。そのためには、自分の価値観を受け入れさせようとしないで、相手が何を信じてもいい自由を認めてあげることです。
これからは、「人の価値観はそれぞれ違って当たり前」という大前提で人間関係に臨むようにすれば、今よりも怒りにとらわれないですむでしょう。
つらい経験をしたら、大変なことを乗り越えて強くなろうとしてる自分にエールを送ってください。あるいは、「終わったことは切り捨てる!」と割り切って進むことも自分を守る大切な方法だと思います。
イヤな相手はすべて反面教師にして、相手の言動を「自分が人とかかわるときは、こうしない」という学びに変えてしまいましょう。
もともと価値観の違う他人に、自分の価値を決めさせてはいけません。自分の価値を決めるのは、いつだって自分自身です。また自分を救えるのも、自分しかいません。
だから、悔しい思いや情けない思いを肥やしにして成長していくことを自分に許して、「私ってすごい!これで大きな人間になるぞ」ってとことん愛を注いでいくんです。
どんなときも"気高い心"をなくさないで、あなたは堂々とあなたの正しいと信じる人間で生きていくことが、自分を愛するということですから。