きっとたくさんの人が、あなたと同じようなことで胸を痛めていると思います。かつての私もそうでしたから。
頭でわかっているように人生が運ばないのは、感情がどこかで抵抗しているからだと思います。それを認めることからはじめましょう。
別の方法で結論をいうと、人は絶望の局地に追いやられて感情が抵抗する気力を根こそぎもぎ取られたとき、生きていることだけで精一杯になるので「意識を変える」ことが容易になります。これは、事故や大病や天災といったことに遭遇して、自分がただ生かされていることを実感した人によく起こることです。
ようするに、あなたはまだ余力があるから愚痴をいっていられるのです。その余力が過去の自己防衛パターンを持ち出してきて抵抗しているのが、今のあなたの状態。理性ではそれを処しきれなくなってきて、疲れ果ててしまったのでしょう。
かといって、私はあなたにどん底を味わうべきだといっているのではありませんよ。余力があるかないかによって生まれるものの違いを認識することで、解放の糸口が見つけられるといいたいのです。
その違いを言葉にするなら、「感謝」の気持ちです。
生きるか死ぬかという思いをすると、それまでの愚痴もいきどおりもなくなって『生かされているだけでありがたい』という心境になります。そして、ただただ感謝の気持ちにあふれて残された人生を歩み始めます。そのときは、シュミレーションに戯れることもなく、ひたすら行動していくでしょう。
このとき引き出されるのが、その人の持つ「無心のパワー」あるがままを生きる力です。あなたに必要なのはこれです。疲れたのならもう考えることを放棄して、あなたの頭にも心にもお休みをあげてください。自分を認めよう、許そう、愛そうと考えることもやめます。
固まっている心を解放するのは、頭ではなく≪いのちへの感謝≫だけです。どんなにままならない自分でも慈しまれ、生きることを応援されていることに目を向ける必要があるのです。
野の花に対するのと同じように、宇宙の愛があなたに降り注いでいるから、あなたは生きています。それが「今ここに、あなたのいのちがある」ということなのです。
人生が辛いと自分を信じられないし好きにもなれないというなら、人生を辛いと感じないで生きることにあなたが本気になればいい。そうすれば、自分が幸福に生きるために必要なものは、すべて手中にあったとわかるでしょう。
そのためには、何事にも『こうじゃないと価値がない』という発想をやめて、『こうなっているのはわけがある』という気持ちで臨んでください。あなたのこれからの人生を決めていくのは、心配や段取りをするあなたではなく、生かされていることを感謝するあなたですから。
すると、『こうなったわけ』がすうっと理解できて、その結果、いい・悪いを判断していちいちいきどおることが減っていくと思います。「ただ気づくこと」それ以外にすることはありません。それが、あなたはあなたのままでいいという意味です。
まずは、今無事に生きて悩めることや、自然の美しさに感動できる自分のあることを、心の底から「ありがたい」と感じてみませんか。