第一話「コミュニケーション術」   第二話「話せば楽になる」  


 

第二話

 

話せば楽になる

 

前回コミュニケーションの話をしました。人間以外の生物は言語能力を持ちません。ご

存知のように人間の脳は三層構造になっています。第一層は爬虫類にもある脳で、脳幹

大脳基底核を持ち、固体の生存と種の保存に必要な、食欲、性欲、なわばり、仲間

づくり、攻撃、危険回避などを司っています。

 第二層は鳥類や下等哺乳類も持つ大脳辺縁系で、恐怖や怒り、嫌悪、愛着、喜び、

悲しみなどの情動を司っています。この情動は生命を脅かすような外界からの刺激に

反応し、戦ったり、逃げたりする行動がすぐにとれるようにパターン化されています。

例えば鹿の脳の記憶庫にはライオンに食われている仲間の「絵」があり、強い恐怖の

情動と結びついているので、ライオンを見たらすぐに逃げるという行動ができます。

この辺縁系の記憶は言うなれば、バラバラの「絵」が前後の脈絡なくファイルされて

いる状態です。人間の場合辺縁系の「絵と情動がセットになった」記憶はだいたい三

歳までに出来るそうです。

そして第三層は高等哺乳類になって発達した大脳新皮質です。状況に応じて適切な

行動をするための高度な学習能力があります。大脳新皮質は後頭葉、側頭葉、頭頂葉、

前頭葉の四つに大別されます。中でも人間は他の哺乳類と違い前頭葉が著しく発達し

ていて、他の全ての分野と神経線維でつながっています。あらゆる外界の刺激に対し、

高次の判断や推理をする言語力を持つので、他の哺乳類にはない理性的行動がとれま

す。例えば空腹でも他の人のお弁当を奪って食べたりはしません。ところが、空腹が

極度で生命を脅かす恐れがある場合、大脳辺縁系は上役に当たる前頭葉の命令を無視

して行動をとることがあります。理性のない情動のみの反応行為です。また、いわゆ

る「恐怖症」も理性の介入のない情動のみの反応で、これは辺縁系の記憶庫にある「絵」

が引き金になって起されます。紙面の関係でちょっと短絡させますが「絵」が出来た

ころはまだ言語力を持たなかったため、理性のセンターとの間に神経線維の接続がさ

れていないのです。

この幼児期の体験でできた「絵」を消す方法があります。カウンセラーなどの専門

家が誘導することで幼児期の体験を追体験するのです。三歳以上の人間はほとんどの

場合言語力がありますから思い出すと同時に言語化されます。それを話せばさらに前

頭前野との神経結合が強化され、辺縁系の記憶庫からは抹消されてしまうのだそうで

す。辛い思いを他の人に話すと楽になるのはそういうわけです。