祖母はよく働く人でした。母はその祖母の働きぶりをみて、「傍楽」と言っていまし
た。傍、つまり周囲の人たちが楽になるというのです。朝4時に起きて、畑仕事をし、
大家族(12、3人は普通)の朝ごはんをつくり、終日働き続け、夜は12時、1時近
くまで繕いものなどをしていました。一日3、4時間の睡眠時間ですむ人だったので
す(まねしようなどと夢にも思ったことはありません)。この人が晩年自分の人生を振
り返り、幸せな人生だったと結論し、書いた詩をご紹介します。
法悦賛
みほとけの大慈大悲に 恵まれて
心は浄土に 遊ぶうれしさ
釈迦はゆけ 弥陀はこいとの よび声に
聞き得し心 如来なりけり
一念に迷いの綱は 切れにけり
何処もおなじ 弥陀の国かな
身は此処に 心は弥陀の 極楽に
仏とともに 生きるうれしさ
身は六字[1] 心も六字 口六字
山川草木 みな六字なり
今は早や 無明の闇は 晴れにけり
煩悩成就 実に有難や
よき人[2]に 睦びて聞けよ 誰もみな
実に明らけき 弥陀の教えを
念仏の 法さかゆる[3] 嬉しさよ
聞き得てさとる 教えなりせば
みほとけの深き 誓ひぞ 智慧光の
寺にひびくは 念仏の声
南無阿弥陀仏
越中大門 浄土真宗大谷派 智慧光山誓光寺
第三十四世坊守[4]