あなたは本当に女性を愛しているので心から腹を立てているのでしょうね。恐らくは「心狭い女たち」にうとんじられた体験があって、そのときの深い絶望感と怒りを持ったまま未だに被害者意識に陥っているようにうかがえます。
だから、あなたが受けた「男としての心の傷」、正確には「ある女性によってしいたげられた男の沽券」に対する怒りを、女性全般に投影しているのです。これは、ある女性への恨みが晴れればあなたの感覚も変わるのですが、今回は現代女性に対するあなたの認識を変えることで、ある女性への理解を深められればと思います。
初めに、「権利を主張する女性たち」に対して。彼女たちの態度はともすれば男性を逆差別しているように映るかもしれませんが、それは誤解です。日本の歴史の中で男尊女卑の社会で長い間耐え忍んできた女性たちが、近年ようやく堂々と自分を表現し始め、冒険をし出し、甘えないからチャンスが欲しいと訴えているのです。
ともすれば「女性が感情的になって男性を攻め立てる」のは賢明とは思いませんが、これさえも長年男性から下に扱われてきた女性たちに刻み込まれた反動と寛大に受けとめて、男性が「その思いを汲み取って応援してやろう」という発想に立つなら、男女はもっとうまく歩調を合わせられることでしょう。
男女は、違うからこそ面白いし楽しいし、また新しいものも生み出していけます。だから、男と女がそれぞれの違いを認め合って互いを活かそうとするとき、両方いることのメリットを最大限に発揮できるのです。そのためには、どちらが力を持つかとか偉いといった次元を、わたしたちはもう超える必要があります。
《女たちを活かすのは、男たちの技量であり、また逆も真なり》なのです。
次に、「男である父親を毛嫌いし、汚いという中学生たち」に対して。中学といえば、盛んに女性ホルモンが分泌されて男性を意識し始める年代です。ちょうど、女性であることを含めた自分自身というものを確立しようとする自我の形成期に当たるんですね。
自分が「女」であることを認識することは、かたや「男」もいるという違いを認識することなので、そこに異性へのあこがれが生じます。すると、「知りたい」「認められたい」「すてき」といった感情が生まれます。
そんな彼女たちの一番身近にいる異性が、普通は「父親」です。それまで「父親」だけだった人を急に「男」という目で観察してみると、あこがれにはほど遠い古くなって疲れた男の現実を目の当たりにして、拒絶を示したくなる子も出てくるのです。
無意識のうちに秘めた男性に対するあこがれが強ければ強い子ほど、「こんなんじゃイヤ!私の夢をこわさないで」といった感情が、「父親を毛嫌いしたり汚い者扱いする」といった態度になって出てきます。彼女たちにとっては、わざとしようとしているのではなくて「なぜだかそう感じる」という程度なのですが。
だから、これは時間とともに男性を知っていくことで自然に変わっていきますし、父親に対する理解も結果としてさらに深まることになるので、目くじらを立てるよりは『成長の一環』として見守るほうがいいでしょう。むしろ、何食わぬ顔で淡々と愛情を注ぎ続けることがベストかと思います。
しかし、父親にしてみればショックなんですよね。「この前までは、平気な顔していっしょに風呂も入っていたのに…」という感慨もあれば、女性の目に自分はそんな風に映るのかというショックとダブルパンチを受けるからです。
ここで大切なのは、母親である妻の態度です。こういう微妙な精神状態の娘の前で、夫を非難するようなことをあからさまに言ったり夫の人間性について誹謗すると、娘は同姓である母親の目を通して父親を見る傾向が強いので、父親の印象を決定付けることになりかねません。すると、その先も父親との関係が改善しなくなる恐れがあります。
逆に、母親という女性の目から見た父親は、人間的にも男性としてもいかにステキかを折にふれて聞かせることは、娘の健全な発育にとても効果的でしょう。
最後に、「おおらかな女性たちと毎日楽しく暮らす」ことは、少しもむずかしいことではありません。なせなら、女性も同じことを望んでいるからです。
あなたが、「おおらかな気持ちで女性のことをわかって応援してあげよう」と思えば、そんな男性を女性は放っておきませんよ。心から大切にして助け合いながら生きていこうとしますから、どうぞ信じてください。