Vol.14

「知ってるVS分かってる」

Vol.14「知ってるVS分かってる」

 

 そうした方が良いと「知ってる」ことと「分かってる」ことの違いを、あなたならどう説明しますか? 

 「知ってる」のは情報や知識が左脳に入っているだけで、実践できていない状態。「分かってる」のは取り入れた情報や知識がその人に活かされて、生き様になっている状態です。つまり、頭でっかちの人とそれを生きている人の違いといえるでしょう。

 例えば、協調性のある方が好感を持たれると知っていて、そう見えるようにと振る舞ったなら、その反動でわがもの顔の人を責めたくなるものです。でも、協調の精神がその人の生き様になっていれば、それを負担に感じることも比べて人を責めることもありません。

 同様にして、"〜であるべき"とか"〜でありたい"と自分が考えていることのほとんどは、無意識に「知ってる」だけの状態を作り出しています。「分かってる」ことは今さら改めて考えないからですね。

 自分に無理をすれば心がくだびれます。でも、背伸びを止めるのは怖いとなると、あなたはあなたのままでいいのに他の誰かになろうとします。そして、その誰か(あるいは本など)の受け売りを並べ立てて比較の渦に巻き込まれていきます。他人を批評し、自分は分かっていると錯覚し始めるのです。

 今世の中には、「知ってる」だけの人が、他人に知っていることを自慢して尊敬されたがったり、知ったかぶりの行動を押しつけてコントロールしようとする傾向があまりに強く、私には、これがストレス社会の根源を成しているようにさえ映ります。

 きっと、多くを知っている方が有利で、知識があると尊敬されるという勘違いが横行しているためでしょうね。だから、受け売りでも何でも披露して、自分の正しさを認めてもらおうという心理が働いてしまうのではないでしょうか。

 もし、その「知ってる」だけの張本人が自分の上司だったり親だったりすると、"〜であるべき"を押し付けられた側は、『そういう本人ができていないくせに…』と思わず反発を覚えて、現実とのギャップに相手を尊敬できなくなってしまいますよね。

 でも、そういう人は、元をたどれば裸の自分に自信がないので、認めてもらえないと怒りが出てきます。その結果、自虐的になったり攻撃的になったり、あるいは嫉妬に燃えたりと心休まることがなくなってしまうのです。

 実際のところ私たち全員が、自分が知っている人として生きることも、知っているだけの人に指図されることにももう十分に疲れています。

 このあたりで、自分が分かっていることだけを素直に表現して生きてみませんか?それだけで気が楽になるし、十分自分らしいし、何一つ焦ってやらなくて済むのです。そう思ったらできることから始めていきましょう。

 まず、自分が実践できていないこと(分かっていないこと)を他人に押し付けたり、非難したりしないと決意します。そして常に、自分の主張に対して本当に分かっているだろうかと、自らの状態を冷静に見極める習慣を持つことです。

 そうすると不思議不思議。心構えを改めただけで、他人のことがいちいち気にならなくなって何事もマイペースになり、結果的にストレスが軽減します。コントロールごっこという人間関係がなくなるからです。

 その上、人から信頼されます。本当に分かっていることを話す人は押しつけがましくならないし、それでいて納得させるパワーを漂わせるためです。

 これからは、「知ってる人」ではなくて「分かってる人」がリードする時代になります。例えば、個性という単語の意味は知っていても、実際に分かっていなければその個性を活かして伸ばすことはできませんね。

 あなた自身についても同じです。自分のことを「分かってる」つもりも、本当は「知ってる」だけでコントロールしようとしていませんか?

 



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