Vol.14

 「心の栄養失調」

 

 体に必要な栄養を与えなければ栄養失調になることは、みなさん百も承知です。近年では心配して健康補助食品や栄養剤を服用される方も多いようですね。だって、栄養失調になると体が思うように動かなくなって困るからです。楽しくないからですよね。

 では、心の栄養失調にはかからないという自信はありますか?日頃から何か対策を考えていますか?心に柔軟性がなくなると、バランスの崩れ方によっていろいろな症状を引き起こします。

 何をしてもつまらないし第一何もする気にならないとか、イライラして怒りがこみあげてくるとか、不安でいても立ってもいられなくなるとか、自分ばかりが不幸で被害者だと思い詰めるようになるなど…いずれも心がボロボロの状態です。

 その人が育てられた背景や、現在その人を取り巻く社会環境が心の栄養失調を作り出します。アメリカで心理学者たちがこんな実験をしました。

 大きな水槽にサメを入れて、サメが水槽内を往来しながら泳ぐ様子を観察しました。水槽の端に肉片を落とすと、サメはすぐにやってきて平らげます。

 今度は、透明な強化ガラスでし切りを作って片側に肉片を入れました。サメはいつものように直進してきてガラスに思いっきり鼻先をぶつけました。何度か同じことを繰り返すと、サメは諦めてし切られたガラスの内側で小さく泳ぐようになりました。新しい肉片を落としても横目で見るだけで、もう二度と突進してこようとはしません。

 しばらくしてガラスのし切りを取り除き、新しい肉片を落としました。でも、サメは相変わらず小さな円を描いて泳ぎ続けるだけでした。ついに何日かが過ぎ、肉片の入った何のし切りもない同じ水槽で、サメは餓死したのでした。

 このサメは栄養失調で死にましたが、私たちの多くが精神面で全く同じ状況を経験しているのではないでしょうか?

 大人に制限されるまでは自由に発想し発散してのびのびと生きていたのに、ガラスのし切りであれはダメこれもダメと細かく区切られ、抵抗すれば責められました。散々傷つきながら、自由をなくし自信まで失って小さく泳いで生き伸びていくことを覚えました。

 今時代は変わり、ガラスのし切りは常識という名の幻想だと頭では理解したはずなのに…また傷つくのが怖くて、限りない可能性という自由の肉片を味わうことができないまま過ごしています。

 ここでいう幻想とは、あると信じる人には存在し、ないと思う人には存在しない制限のことです。世間の常識という壁の前で、あるいはそれにこだわる親を相手に、思うようにできなかったことで傷つけられ散々イヤな思いをした体験が重なって、私たちは人目を恐れる習慣を身に付けてしまったのですね。

 そのうち、どうせできやしないからと弱気になって、文句を言いながらもすっかり馴染んだ言い訳の世界に逃げ込むようになってしまったようです。被害者でい続ける方が、新たに何もしなくていいという意味では楽だからです。

 でも、心はとっくに栄養失調になっていて、自由という肉片を必要としていることは自分が一番よく分かっています。このまま死んでしまうためにただ我慢して生きてきたんじゃないと十分に気が付いています。

 ところで、それぞれの人生には、感じたいことの振幅を振り子のように決める経験値があるのを知っていますか?鼻先をぶつけて深く傷ついた経験がある人ほど、今度は反対側に自分を押して解放していく膨大な喜びが残されているのです。

 自分への愛だけが、振り子を反対側に動かします。それは、好きなことを自由にさせて楽しませてあげるんだという勇気に他なりません。

 その一方で、私たちの人生に間違いはなく、あなたはこの先勇気を振り絞ることも、このまま栄養失調でいることも許されています。これまでもこれからも、ただ選択し続けるあなたがいるだけです。 

 



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