Vol.11

 〜喜びというキーワード〜


"now here…"

 

 誰もが『幸せになりたい』と思っていますが、「なりたい」と強く思うということは、「今はそうではない」ということなんですね。だから、そういう人はたくさん"幸せの種"を見逃してしまいます。

 『幸せ』って瞬間的なものです。ほとんど毎日『幸せな瞬間』は一度はあるはず。その瞬間を味わうかどうかの違いが、日々幸せを感じて生きられるかどうかの差になります。

 特別にいいことがあれば、誰でも幸せを感じますが、でもそれでは、特別なことがなければ幸せじゃないということになりかねませんよね。

 逆にいうと、毎日が特別だって気が付けば、『幸せ』は散乱していることになります。そう、実は散乱どころか連続しているんですけれどね。

 こんなお話しがあります。

 幸せになりたいと願って懸命に生きてきた青年は、まじめに働き、そのお陰で収入も安定し家庭を持つことができました。すると青年は、家族のためにもどうしても幸せになりたいとますます強く思ったのです。

 ある日、我慢し切れなくなった青年は、ついに神様に訴えました。「一体どうすれば幸せは手に入るのですか?そんな特別なものはどこにも見つからない"no where"です!」と。

 その夜、青年は夢の中である声を聞きました。『ほんの少し変えてごらん。noの後ろにあるスペースを、wの後ろに持ってくればいい』と。

 "now here…"青年は、驚きました。そして、自分が勘違いしていたことに気がついたのでした。幸せは、どこか特別なところにあるものではなくて、"今ここ"にあって、今ここで見つけるものなのだと―。

 『幸せな瞬間』を見い出すのは意外に簡単です。キーワードは"喜び"の存在。

 相手は人でも物でもいいんです。何かを見たとき、何かを言われたとき、何かを知ったとき…あなたの胸に一瞬"喜び"が湧き起こったら、どんなに小さなことでも、どうか見逃さないでください。

 それは、"幸せが今ここにあるよ"というサインだからです。しっかり味わうためにも「この幸せをありがとう…」と心の中でいってみてください。感謝が広がっていい気分です。

 私たちは、これを繰り返して生きていけば、毎日幸せを感じながら生きられることになります。それが悔いを残さない生き方につながっていくと思います。

 なのに、いずれ幸せになるために今は不幸を我慢して生きているとしたら、いずれが叶わなかったとき、心に何が残るでしょう。

 "今とここ"に幸せを見つけられない人は、いずれでも見つけられないのです。だって、見つけ方を知らないのですから…。

 幸せは"特別なこと"ではありません。人は変化を特別なことと思いがちですが、でも幸せは、人が生きていく上に必要な、ごく当たり前の喜びの感覚ではないかと思います。

 人に何かをしてあげるにしても、仕事や家事をするにしても、"喜び"があれば、そこには愛があります。だから、自分の好きなことをするときは、自分に愛を注いでいるから幸せなのです。

 幸せに生きるための三原則はシンプルです。

 "今喜んでできることをすること"

 "何にでも喜びを発見してみること"

 "喜びのあることに感謝すること"

 でも、どうしても楽しくないことってあるものですよね。それらを毛嫌いしないで、それはそれでOKと認めて、憎しみを集めないで放っておいてください。『幸せな瞬間』を引き立たせるために存在しているすべてを許してあげましょう。

 そのことで、一番楽になるのはあなた自身です。そして、"喜び探し"に専念してください。そうすると、『幸せな瞬間』はいくらでもあるということがわかると思います。

 私たちは、そもそも幸せな存在なのですから―。

 



copyright (c) 1999 Yuriko Usami's Internet office. Mostrecent update: 08/20/99