太母さまの思い出

 ある時足袋をぬいだ母の足を見て胸が痛んだ。定期的に短く切っていないようで、伸びた爪が足袋に押されて変形してしまっていた。もともと何かを定期的に行うのが苦手の人だったうえに、歳をとって視力が弱まり、足の爪がよく見えなくなっていたのも原因しているらしい。硬い爪を軟らかくするために先に入った風呂上りの母の足をひざの上に乗せて爪を切っている時、ふとある不思議な気配を感じた。見上げると名状しがたい表情の母の顔があった。じっと静かに私を見つめていたらしいその両眼の中から出ている光といおうか、煌きといおうか、その奥深さに胸打たれたのである。こういう眼差しを他には見たことがない。私と目が会うとふっと表情が変わって、ニッとした感じで笑顔になった。人間に戻った感じである。

   「なあに」と聞くと、

   「嬉しいねえ、幸せだねえ」と先ほどとは違う目の輝きがあってそう答えた。蕩けるような笑みという表現があるが、まさしく溶けいるような柔らかい和んだ表情になっている。こんなに些細なことでこれほど歓べる人はさぞかし幸せだろうと思った。眼だけでなく全身が輝くのである。

 「生きているそのままで極楽浄土の住人なの、わたし」とよく言っていたが、なるほどそういうことなのかと納得したことだった。内なる世界は金銀宝石などと比べ物にならないほど美しいと母が書いた文がある。

    人、一人として金銀財宝の蔵の中住居ならざるはなし 。1
晴天を予約する気(げ)に見ゆる晨(あした)。
東方を望めば天地を惜しげなく彩雲に染めなして、
最大の珠玉太陽が静々と昇る。
この珠玉、自身輝くのみならず、
他の一切を輝かすなり。


一しきり輝きわたり、やがて彩雲うつろい
大海はプラチナ。
白光に変化していたにかかわらず、
又も団々と大きくなり乍ら、
天も地も天地の間もすべてを舞台として
妖しき七珍万宝のご開帳。


彼の炎ゆる偉大のルビー太陽
この珠玉は時々刻々様がえする
その徳力のいやちこ2なる・・・。


して又、輝く月、瞬く星、
まこと塵砂数3の星々すべて
最高の宝玉ならざるはなし。
彼ら又、一つ一つ最高の徳力を蔵するなり。
彼らの光は涼しげなり。
涼しげなる彼らにやおら座を譲りて
華やかに退場する太陽。


ともあれ日毎、時毎、時々刻々に
あっぱれの趣向を凝らしつつ
変化してやまぬ不可思議の七珍万宝もて
合成(ごうじょう)の大蔵界の
奇しきしくみの中に住居する万物。
彼ら万物もすべて生き呼吸しており、
又ものを思う摩訶不思議の宝玉なり。


2002/03/25
静流



1 一人として住んでいないものはない。
2 神仏の霊験あらたかなること。
3 塵や砂の数ほどの無限に多くの数