太母さんの教え2

 母は旅が好きな人で、思い立つとその日に出かけてしまうようなことがよくありました。国内旅行は他の人にまかせて私はもっぱら外国旅行にお供をしました。その一風変わった旅の仕方にとまどったり、困ったりもしましたが、今思えば随分と勉強になる点がありました。特徴を箇条書きにしてみましょう。これはカバン持ちの私が仕度をしない場合の二、三週間以上の長期旅行の場合です。

 

  荷物が少ない

 旅上手は荷が軽いと言いますが、実にもって軽く、カバンが要らない程でした。和服しか着ないのですが、まず履物は履いている木のポックリだけで替え無しです。替えの足袋は一足だけで、薄いナイロンの足袋カバーを一足。下着は腰巻と肌襦袢各一枚、半えり一枚。着物は裏無しの薄いものを一枚。これだけです。
 さてここからがユニーク。まず下着や足袋を薄いタオルでくるくる巻いて薄い風呂敷に包み、帯状にします。ひもが縫い付けてある長襦袢を着てからこれを胴に巻きます。着物を二枚とも着てしまいます。帯をしめて上に薄い羽織を着、さらに道行を着てでき上がり。帯の間に櫛と箸の入った袋をはさみ、懐にハンカチと懐紙を入れ、袂に手のひらに乗るくらいの小さな布袋を入れます。袋には糸を通した針を二、三本刺したハンカチと小さなコンパクトと小銭入れが入っています。糸は長いので小さく畳んだハンカチに巻きつけてあり、これで半えりを縫いつけたり、着物のほころびを修繕します。当然スーツケースは要りません。

 

  病気にならない

 私は、あまり衛生状態の良くない国を旅して現地の生水を飲んでひどい下痢をしたことが何度もありますが、母は一度もお腹を壊したことがありません。私はボトルに入ったミネラルウオーターを飲んでいて、母は水道の蛇口から直接水を飲んでいたのにです。日ごろから健康で胃腸を壊すことなどない人ですが、それだけで食あたりしないわけではないのです。
 まず初めての土地で水を飲むときは口に含んでからよく噛みしめています。これは唾液を混ぜているのです。唾液には強い殺菌作用があります。それから道を歩いている間に現地の植物を少しむしって食べています。これはその土地で自生している植物の波動と自分の身体を同調させているのです。これは身土不二(しんどふじ)の法則の応用です。自然法に従って生きている人に備わっている知恵で、動物なら持っているのでしょうが、ほとんどの人間は忘れてしまっているのです。

 

  時差ぼけしない

 飛行機に乗ると座席の背をまっすぐに立てたままですぐに眠ってしまいます。食事の時以外は到着するまで眠っています。これは姿勢が良くないとできません。頭がぐらぐらして目が覚めてしまうからです。なぜ頭がぐらぐらしないかというと、まず頚椎に歪みが無いからです。それから意識不明の眠り方ではないからです。周囲の出来事をある程度把握していながらの睡眠は瞑想状態によく似ていると思います。脳波はおそらくα波になっていて、深くリラックスしているのでしょう。実に穏やかな表情をしています。
 目的地に着くと「もう着いたの?」とのんびりした声で聞きます。何時に到着しようとその土地の時間に合わせて活動できる状態になっているのです。私はたいていクタクタになっています。日ごろから時計を見て行動していないのでお腹が空けば何時だろうと食べるし、空いていなければ何日だろうと食べない。眠くなければ何時だろうと起きているので時差の影響を全く受けないのでしょう。

2002/03/04
菊池静流