比較の問題

「家庭と仕事とどっちが大事なの?」という質問が女の理不尽さの代表例としてよく使われた時代があります。今では理不尽なのは女の特性ではなく男も負けず劣らずだということになって、これが本当の男女平等?の実現かな。比較できない二つのものを比較しようという試みは実に多いようです。「あなたは信心深いですか。それとも科学的ですか?」というのがあります。宗教は非科学的という前提の上での比較です。宗教と科学のどちらかを選択する生き方はどちらか一方が他方より優れているという考え方です。またこういう比較もあります。「男と女とどちらが賢いか」というものです。

 比較するという行為にはどちらかが優れているという前提があります。ではどちらも実に不完全だとしたらどうなるでしょうか。不完全なもの同士を比較することに意味があるでしょうか?おそらくないと思います。理不尽とは不完全同士を比較するような行為だと思いませんか?

 人間は全知全能ではないので当然不完全です。不完全な人間の行為も理念も不完全ということになります。不完全な行為と理念のもたらした社会構造も宗教も科学もまた不完全です。男も女も不完全です。違うと思うなら完全に円滑に作動ないし機能している社会や完全に平穏でいかなる悩みも不満も苦悩も持たない上その周囲の人間関係も円滑である人を探してみてください。ソクラテスも恐妻家だったのですぞ。

 何が言いたいのかと申しますと、もう比べるのを止めようということです。心理学では優越感も劣等感も実体は全く同じ心理だと分析しています。だれに対しても何も証明しなくても自分はそのまま自分でそれ以下でも以上でもない不完全な存在なのです。不完全というのはあまり楽しくない表現ですので、完全への途上にあると言うことにしましょう。 そしてだれがゴールにより近いかなんて考えるのもやめましょう。肩の力をぬいて自分のペースで楽しく、比較を超えたところにある「絶対なる完全」だけを目指して歩いていきましょう。


2001/08/26 静流